新型コロナウィルス(COVID-19)流行時の悲しむ営み訳注1, 2

 

この記事は「死と死にゆく過程,死別に関する国際ワーキンググループ(IWG)」の研究者・実践者からなる国際的なグループが力を合わせて作成したものです。私たち公衆衛生サブグループのメンバーである,オーストラリアのLauren Breen,日本の川島大輔,ドイツのDavid Roth,香港のAmy Chow,カナダのMary Ellen Macdonald,Karima Joy,Susan Cadellは最近,グリーフ・リテラシー(grief literacy)訳注3に関する論文を発表しました。新型コロナウィルス(以下,COVID-19)のパンデミックに伴い,私たちはこの状況の中でグリーフを経験することについて多くのことを考えてきました。COVID-19の出現により,私たちはパンデミックにおける悲しむ営みについて,この記事を共同執筆したのです。

 

COVID-19の世界的なパンデミックの真っ只中で,多くのものが失われています。私たちは日常生活や多くの自由を失いました。多くの人が仕事を失いました。私たちは,互いに自由に訪問することや,場合によっては家の外に出ることさえもできなくなってしまいました。そして,ある人は命を失い,ある人は死にかけている人や悲嘆に暮れている人と共にいる機会を失いました。

 

グリーフは,この時代において正常で自然な反応です。グリーフは,私たちの身体的,感情的,行動的,社会的,経済的,スピリチュアルな生活に影響を与える喪失への反応です。グリーフは死に反応して起こるだけではありません。どのような喪失でも私たちが悲しむ原因になりえます。

 

社会的背景は,私たちの喪失体験に大きな役割を果たしています。「私たちは,ますます分断されつつあるコミュニティや社会の中で生きている」。このようにして,私たちは最近学術雑誌『Death Studies』に掲載されたグリーフ・リテラシーに関する論文を書き始めたのですが,私たちは今,さらなる分断の危険にさらされています。私たちは,他者とのつながりを保つための新しい方法を必要としているのです。

 

グリーフ・リテラシー訳注4は,前を向いて進むすべを提供します。このリテラシーは,私たちが自分自身と他の人々をサポートできるように,私たち全員が悲しみについてよりよく知ることを求めています。私たちは,グリーフ・リテラシーを,喪失体験に関する知識を手に入れ,読み解き,活用する能力と定義しています。これは,この大流行の中で私たち全員が必要としている能力です。

 

グリーフ・リテラシーは,思いやりのあるコミュニティ(compassionate communities)の運動をさらに推し広めるものです。思いやりのあるコミュニティという考えは,コミュニティが市民をケアすることを認め促すことで,ヘルスケアと緩和ケアの専門化(professionalization)に対して挑戦するものです。重要な要素の一つは公平性であり,誰もが終末期に質の高いケアにアクセスできるようにすべきです。思いやりのあるコミュニティの運動は,死と死についての認識と会話を深めるために,各コミュニティが持つ資源を活用します。

 

デス・リテラシー(death literacy)を高める運動が急成長していますが,これらの運動は時に,喪失による悲しみを置き忘れてしまうことがあります。例えば,デス・カフェでは,積極的な悲嘆を排除するよう明確に説明されています。思いやりのあるコミュニティ運動は,学校や職場にも拡大しており,死を迎える人だけでなく,グリーフを経験している人にも焦点を当てています。例えば,「もういない友へ」のようなフェスティバルは,それぞれの悲嘆の物語を共有するように人々に求めます。グリーフ・リテラシーを高めることで,このようなイベントや機会をより充実したものにできるでしょう。

 

私たちが提案する,死別後の支援に対する公衆衛生モデルはさらに,グリーフ・リテラシーを高めるための指針を提供しています。まず,このモデルでは,悲嘆に暮れている人のうち,「複雑な悲嘆」の危険性があり,専門的なカウンセリングを必要としている人はごく一部であることを認めています。さらにこのモデルは,すべての悲嘆に暮れている人たちが,悲嘆と喪失についてのより多くの情報と,家族,友人,地域社会からの思いやりのある,偏見のない社会的支援の恩恵をどのようにして受けることができるのかを説明しています。

 

COVID-19のパンデミックでは,死にかけている人のベッドサイドにいられないことに悲しみを感じることがあります。この流行の間,多くの病院では面会を禁止しています。そのため,患者さんがCOVID-19以外の病気で亡くなっても,家族や友人が面会できず,その死に付き添うことができないのです。訳注5

 

また,誰かが亡くなったときに,慣れ親しんだ儀式ができないことで,私たちは悲しみを感じるかもしれません。訳注6 葬儀を行うことも出席することもできないかもしれません。参列できる場合でも,距離を置く必要があります。訳注7 このため誰かに支援を求めたり,誰かへの支援を表現したりするために他人に触れるということができないかもしれません。緩和ケア,地域団体オンラインの情報源は,この状況をやりくりする方法を提案し始めています。より多くのリソースが日々登場しています。

 

悲しみの感情は,社会的孤立によって悪化することがあります。パンデミックが起こる前に誰かが亡くなった場合も,今悲嘆に暮れている人は,もはやコミュニティにアクセスすることができないかもしれません。悲嘆に暮れている人は,通常,仕事や信仰のコミュニティでの日常生活の中に慰めを見出しています。しかしこれらはもはや利用できないかもしれません。人々は文字通り手を差し伸べて誰かに触れることができませんので,悲嘆に暮れている人をサポートするのは難しいでしょう。

 

では,COVID-19の時代に,グリーフ・リテラシーを高め,お互いを支え合うためにはどうすればいいのでしょうか。

 

何よりもまず,自分の経験を自覚すること。「大丈夫」じゃなくてもいいのです。悲しみについての知識は,グリーフ・リテラシーの重要な側面です。悲しみには様々な形があり,人によって異なります。悲しみに段階はありません。悲嘆に暮れている人は,ジェットコースターや波のように揺れる感情を持つことがあります。他の人を助ける前に自分の酸素マスクをつけるように,他の人を助けようとする前に自分の経験を理解することが大切です。

 

グリーフ・リテラシーという概念には,スキルも含まれています。必要とされるスキルのいくつかは,思いやりのある傾聴,慎重に選んだ質問ができること,支援を必要としている人がなんらかの社会資源を見つけるのを手助けできることです。私たちが話を聞くとき,私たちはその悲しみを解消したり,小さくしたりする必要はありません。聞くのが苦痛であっても,悲しんでいる人の気持ちや経験を聞くことができるようにしなければなりません。悲しみは辛いものです。悲しみについての知識と私たち自身の経験は,悲しみに暮れている他の人々が支援を必要とするときに,どんな社会資源があるのかを知る助けになるでしょう。誰もが専門家の助けを必要とするわけではありません。心を込めて話を聞いてくれる友人こそがその人の助けになるのです。

 

価値観と倫理はグリーフ・リテラシーにおいても重要です。人間は,お互いに責任を持つ関係的な存在です。私たちは皆,誰かをケアし,またケアされる存在です。医療制度に対するニーズは常にありますが,今の時代,この制度は逼迫しているか,あるいは過負荷になっているかもしれません。思いやりのあるコミュニティ運動は,グリーフ・リテラシーの概念とともに,このケアの一部をコミュニティで提供することを求めています。

 

このような変化した時代にあって,私たちは古くて新しい方法で隣人に手を差し伸べる必要があります。私たちは,手紙やカードを書き続け,郵便で小包を送ることができます。私たちは,テキスト,電話,ビデオチャット,またはソーシャルメディアを介して誰かとつながる必要があるかもしれません。誰も悲嘆を消し去ることはできませんが,私たちの関心と時間を提供することで,悲嘆に暮れている人が抱える孤立感を和らげることができます。

 

オンラインでバーチャルな葬儀に参加したり,見たりすることが必要になるかもしれません。この方法は,葬儀に参加するのと同じではないかもしれませんが,あなたと悲しんでいる家族や友人の両方に慰めをもたらすことができます。故人を追悼するために,あるいは,あなたが故人を忘れてはいないということを他の悲しんでいる人に示すために,なんらかの個人的な方法を見つけることができます。もし可能ならば,故人を敬うために,どこかの慈善団体に遺産の寄付を行うことができます。亡くなった人のことを忘れないように何かを作ったり,写真やビデオを送って,悲しんでいる人と共有したりすることもできます。

 

COVID-19のパンデミックは,同時に,他の人を敬うための素敵な方法をいくつか生み出しました。歩道にチョークで書かれたメッセージは,希望のメッセージとして生み出されましたが,それはまた,悲しみの中で,隣人同士が互いに支え合うための表現として使うことができます。葬儀への参列が難しい状況にあっても,悲しみに暮れている家族が車で通りかかった際に,人々が安全な距離を保って道路に並び弔意を示すこともあります。アイルランドでは,国を挙げて「シャイン・ア・ライト(Shine A Light)」というキャンペーンを行い,医療従事者や亡くなった人たちに敬意を表しています。

 

このパンデミックの前から,奨学金を作ったり,メモリアル・タトゥーを入れたり,アートを作ったり,文章を書いたりして,誰かを偲ぼうとする人々の例は枚挙にいとまがありません。また,このパンデミックに対応した建設的な動向も数多く見られます。身体的に共にあることが制限されているいまは,亡くなった人を思い出し,悲しむ人たちのためにサポートを提供する新たな方法を創造するにはうってつけの時期です。悲しみの中で互いに支え合う力は,この苦難を経験することでより確実なものになるでしょう。それこそがこのパンデミックの後に残される遺産の一つなのです。

 

(訳 川島大輔)

2020年4月21日

 

訳注

  1. この文章は Medium.comに掲載された「Grief in the time of COVID-19」を翻訳したものです。なお日本人読者がわかりやすいように意訳や加筆を行なっている箇所があります。
  2.  グリーフは悲嘆とも訳されます。この文章中では,「悲しみ」「悲しむ営み」と訳している箇所もあります。悲嘆反応という言葉があるように喪失後の受動的な反応を指すことが多かったのですが,最近では喪失経験に意味を見出す能動的な側面がより重視されるようになっています。
  3.  グリーフ・リテラシーとは大切な人やものを失う悲しみについてのリテラシーを意味します。なおリテラシーは何らかの情報について正確に読み解き,活用するための能力といった意味合いで用いられ,最近ではITリテラシーやメディア・リテラシー,ヘルスリテラシーなどの用語もあります。
  4.  デス・リテラシーは「死」とそれに関わる様々な社会制度や文化を理解するための知識とスキルを指します。
  5.  スマートフォン越しに会話をすることで,苦痛を和らげる海外の取り組みも紹介されています。
  6.  故人に最期の別れを告げる儀式はグリーフを考える上で重要ですが,感染へのリスクから,遺体に触れることはおろか,対面も行わずに火葬する葬儀会社の方が多いというのが日本の現状のようです。コメディアンの志村けんさんの遺族が,遺体との対面ができなかったことは報道でも取り上げられました。厚生労働省の指針では,遺族が遺体に直接触れることを希望する場合,手袋をつけるなど感染予防を行うことを求めていますが,現状ではその希望が叶うことは容易ではないと言えるでしょう。
  7.  日本でもCOVID-19による葬儀への影響が取りざたされています。